入船のうなぎ
行きたくなる「一皿」

宮崎の山奥で、明治から続くうなぎに出会った話

明治27年創業、130年以上炭火焼きにこだわり続ける宮崎・西都市のうなぎ屋「入船」。年間約25万人が「わざわざ」訪れる、その理由を探りに行った。

2026.02.16 ・ 読了 8分

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カニカマ
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愛すべき「定番」の裏側

カニじゃないのに、なぜカニより売れる?世界が認めた「美しい嘘」の物語

2026.02.14 ・ 読了 8分 ・ 文:KOTOHARE編集部

スーパーのお惣菜コーナーで、なんの気なしにカニカマをカゴに入れる。サラダに乗せたり、そのままマヨネーズをつけて食べたり。あまりにも身近すぎて、疑問に思うことすらない。

でも、ふと立ち止まって考えてみてほしい。
カニカマって——カニじゃないのに、なんでこんなに当たり前に食卓にあるんだろう?

「なんか変だよな」と思ったこと、ありませんか

パッケージをよく見ると「カニ風味かまぼこ」と書いてある。カニではない。原材料はスケソウダラ。でも味はカニっぽい。見た目もカニっぽい。もはやカニより食卓に登場する頻度が高い。

これ、冷静に考えるとちょっと不思議じゃないだろうか。なぜ「偽物」がここまで市民権を得たのか。なぜ誰も怒らないのか。むしろ、なぜみんな喜んで買っているのか。

カニ料理
本物のカニも美味しい。でもカニカマには、カニカマだけの魅力がある

「捨てられていた魚」が出発点だった

カニカマの物語は、ある種の「もったいない」から始まっている。

原材料であるスケソウダラは、かつてそこまで注目される魚ではなかった。タラコの親として知られてはいたけれど、身の部分はあまり活用されていなかったという話もある。もっと言えば、かまぼこの原料であるすり身自体が、「魚をそのまま売れないときの活用法」として発展してきた技術だ。

つまり、カニカマは——「そのままでは価値がつきにくいもの」を、「みんなが喜ぶもの」に変換する技術の結晶なのだ。

偽物だから価値がないんじゃない。偽物なのに愛されているのがすごいんだ。——ある水産加工メーカーの開発者の言葉として、よく語られるエピソード

問題は「本物か偽物か」じゃなかった

私たちは「本物」と「偽物」という二項対立で物事を見がちだ。本物のカニと、偽物のカニカマ。でも、その見方自体がそもそもズレているのかもしれない。

カニカマは、カニの代替品として生まれたかもしれない。でも今、世界中のスーパーに並んでいるカニカマは、もう「カニの偽物」ではない。「カニカマ」という独立した食品として、独自のポジションを確立している。

世界の食卓
フランスでは「surimi(スリミ)」として親しまれている

フランスでは「surimi(スリミ)」という名前で、日本とはまったく別の食べ方で愛されている。アメリカではカリフォルニアロールの具材として、寿司文化の入り口を担った。それぞれの国が、それぞれの文脈で、カニカマを「自分たちのもの」にしている。

「美しい嘘」を楽しめる国でありたい

カニカマは「嘘」だ。カニではないのに、カニのふりをしている。でも、その嘘を誰も責めない。むしろ愛している。

それは、日本の食文化が持つある種の美意識なのかもしれない。「見立て」という文化。和菓子が花や季節を模すように、食材に別の姿を与えて楽しむ精神。カニカマは、その延長線上にある。

KOTOHAREの視点:「偽物」という言葉に、私たちはもっと優しくなれるはずだ。本物に敬意を払いつつ、偽物の中にある本気の技術と創意工夫に拍手を送る——そんな食卓の余裕を、カニカマは思い出させてくれる。

次にスーパーでカニカマを見かけたとき、ちょっとだけ、この物語を思い出してもらえたらうれしい。カニじゃないけど、カニより愛されている。それって、なんだかすごいことだと思いませんか。

調味料の棚
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愛すべき「定番」の裏側

スーパーの棚に「ポン酢」が20種類もある異常な国、ニッポン

2026.02.10 ・ 読了 7分 ・ 文:KOTOHARE編集部

鍋の季節になると、スーパーの調味料コーナーに「ポン酢」がずらりと並ぶ。ゆずポン酢、すだちポン酢、かぼすポン酢、だしポン酢、ごまポン酢。メーカー違いも合わせると、20種類以上が棚を占拠していることも珍しくない。

あなたは、この光景を「普通」だと思っていないだろうか。

あの棚、よく考えたら異常じゃないですか

海外のスーパーに行ったことがある人なら分かるかもしれない。醤油は1〜2種類。酢もせいぜい数種類。そもそも「ポン酢」に相当する調味料が存在しない国のほうが多い。

なのに日本では、ポン酢だけで棚一段を使い切る。しかも、それぞれに微妙な味の違いがあって、それぞれにファンがいる。これ、ちょっと冷静になると、かなり不思議な光景だ。

柑橘類
日本各地の柑橘が、ポン酢の多様性を生み出している

「どれでも同じ」って思ってしまう自分がいる

正直に言おう。ポン酢の棚の前で「違いがよくわからない」と感じたこと、ないだろうか。

値段もそこまで大きく変わらない。パッケージも似ている。結局いつもの味ぽんに手が伸びる。——その気持ち、すごくよくわかる。

でも、「どれでも同じ」と感じてしまうのは、私たちが悪いんじゃない。そう感じさせてしまう棚の作り方、伝え方の問題なのだ。なぜなら、あの棚に並んでいるポン酢の一つひとつには、とんでもない物語がある。

ポン酢の棚は「日本の地図」だった

考えてみてほしい。ゆずポン酢は高知や徳島の生産者がいるから存在する。すだちポン酢は徳島。かぼすポン酢は大分。じゃばらポン酢は和歌山の北山村。へべすポン酢は宮崎の日向市。

つまり、ポン酢の棚をよく見ると、そこに日本各地の柑橘農家の顔が浮かんでくる。それぞれの土地に、それぞれの柑橘があり、それぞれの気候と土壌と人の手が、あの小さな果実を育てている。

柑橘の農園
それぞれの土地の風土が、ポン酢の味を決める
「ポン酢が20種類ある国」というのは、裏を返せば「20以上の地域が、自分たちの柑橘に誇りを持っている国」ということだ。これって、ちょっとすごくないだろうか。

「選べない」のは、知らないだけ

棚の前で迷うことは、恥ずかしいことじゃない。むしろ、あの棚の前で立ち止まれることが、もうすでに豊かなのだと思う。

もし次に鍋をするなら、いつもと違うポン酢を一本だけ試してみてほしい。それは、あなたがまだ知らない土地の、まだ知らない誰かの仕事に触れることでもある。

KOTOHAREの視点:ポン酢の棚の前で迷う時間は、無駄な時間じゃない。あの棚は、日本各地の「うちの柑橘が一番だ」という静かな主張が並ぶ、小さな展覧会なのだ。次は迷うことを楽しんでみよう。
ごま
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未来に残したい「日本の宝」

国産ごまの生存率は0.1%以下

2026.02.05 ・ 読了 7分 ・ 文:KOTOHARE編集部

ごま和え、ごま豆腐、担々麺、ごまドレッシング。日本の食卓に「ごま」は驚くほど溶け込んでいる。あまりにも当たり前にあるものだから、意識することすらない。

でも、あなたが昨日食べたごま——あれ、どこの国のごまか、考えたことはあるだろうか。

「国産」だと思い込んでいた

ごまは日本の食文化に深く根付いている。和食には欠かせない存在だ。だから、多くの人がなんとなく「日本で作っているもの」だと思っている。少なくとも、国産がそれなりの割合を占めているはずだと。

でも実際は、日本で消費されるごまのほぼすべてが輸入品だ。国産ごまは、消費量全体から見ると、ほんのわずかしかない。「え、そうなの?」と思った人——あなただけじゃない。ほとんどの人が知らない事実だ。

農地
国産ごまを育てる農家は、年々減り続けている

「なんで誰も作らないんだろう」——そこにあるモヤモヤ

ごまが日本でほとんど作られていない。その事実を知ったとき、多くの人がこう感じるんじゃないだろうか。

「こんなに使うのに、なんで誰も作らないの?」
「日本の農家はもっと頑張ればいいのに」

——ちょっと待ってほしい。その違和感は正しい。でも、怒りの矛先は、たぶん違う。

作らないんじゃない。作れないんだ

ごまの栽培は、想像以上に手間がかかる。一粒一粒が小さく、収穫は基本的に手作業。機械化が極端に難しい作物なのだ。

しかも、ごまの国際価格はかなり安い。海外では人件費の安い地域で大量に生産されているから、どうしてもコスト競争では太刀打ちできない。日本の農家が一生懸命作っても、輸入品と同じ値段では売れない。かといって高くすると、買ってもらえない。

つまり、「誰も作らない」のではなく、「作りたくても、続けられない構造」がある。これは個人の努力の問題じゃない。

畑の風景
手間のかかる作業の一つひとつに、農家の想いが詰まっている
私たちは「安いから」という理由で輸入品を選ぶ。それは何も悪いことじゃない。でも、「安さ」の向こう側で、国産を守ろうとしている人がいることは、知っておいてもいいんじゃないだろうか。

「知る」ことが、いちばんの応援になる

「国産ごまを買おう」と言いたいわけじゃない。値段だって違うし、手に入りにくい。すべてを国産にするのは現実的じゃないかもしれない。

でも、ごまをすり鉢ですっているとき。ごま和えを作っているとき。ふりかけのごまを見たとき。「これ、どこから来たんだろう」と、一瞬だけ考えてみてほしい。

その「一瞬の想像力」が、たぶん、いちばんの応援になる。すぐには何も変わらないかもしれない。でも、知っている人が増えることで、選択肢が生まれる。選択肢が生まれることで、国産ごまが「生き残る理由」ができる。

KOTOHAREの視点:国産ごまの話は、ごまだけの話じゃない。「当たり前に食卓にあるもの」が、実は当たり前じゃないということ。その違和感を、一緒に大切にしていきたい。
卵かけご飯
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未来に残したい「日本の宝」

世界がドン引きする「TKG(卵かけご飯)」。日本だけの異常な衛生管理

2026.01.28 ・ 読了 8分 ・ 文:KOTOHARE編集部

熱々の白米に、生卵を割り入れる。醤油をひとまわし。箸でざっくり混ぜて、かき込む。——朝の忙しい時間に、この「TKG(卵かけご飯)」に救われた経験、あなたにもあるんじゃないだろうか。

あまりにも日常すぎて、これが「世界的に見たら、かなり変わった行為」だということを、私たちは忘れている。

海外の友人に見せたら、本気で止められた

日本に来た外国人が驚くことの一つが、「日本人は生卵を食べる」という事実だ。すき焼きの溶き卵、月見うどん、そしてTKG。

多くの国では、生卵を食べることはリスクの高い行為とされている。サルモネラ菌の感染リスクがあるからだ。だから、卵は必ず加熱する。生で食べるなんて、考えもしない。

「え、なんで日本人は平気なの?」——その疑問はもっともだ。そして、その答えの中に、日本の食を支える「見えない執念」がある。

卵
日本の卵は、「生で食べること」を前提に管理されている

「日本の卵は安全」——でも、なぜ安全なのか、説明できますか?

「日本の卵は安全だから大丈夫」。そう思っている人は多い。でも、「なぜ安全なのか」を説明できる人は、ほとんどいないんじゃないだろうか。

「なんか、ちゃんとしてるんでしょ?」——正直、自分もそう思っていた。安全であることが当たり前すぎて、その裏側を考えたことがなかった。でも、知れば知るほど、「当たり前」の重さに気づく。

「生で食べる」を前提にした、異常なまでのこだわり

日本の鶏卵の衛生管理は、世界的に見てもかなり独特だ。多くの国では「卵は加熱して食べるもの」という前提で管理されている。だから、そこそこの衛生基準で十分とされる。

でも日本は違う。「生で食べるかもしれない」という前提で、すべてのプロセスが設計されている。養鶏場の管理、洗浄、検査、流通、温度管理——すべてが「生食OK」を目指して組み立てられている。

これは、考えてみるとすごいことだ。「まあ、火を通せば大丈夫でしょ」ではなく、「生で食べても大丈夫なレベル」を全国的にやっている国は、ほかにほとんどない。

養鶏
養鶏場から食卓まで、途切れることのない衛生管理の連鎖
「生で食べられる卵」は、誰かが勝手に実現したものじゃない。養鶏農家、流通業者、小売店——すべての人が「生食文化を守る」という共通認識を持っているからこそ成り立っている。

TKGを食べるとき、少しだけ思い出してほしいこと

卵かけご飯は、日本で最もシンプルな料理の一つだ。卵を割って、醤油をかけて、混ぜる。調理時間は1分もかからない。

でも、その「1分の贅沢」を可能にするために、途方もない数の人たちが、毎日、目に見えない努力を続けている。

朝、寝ぼけ眼でTKGをかき込むとき。「この卵、生で食べられるのって、実はすごいことなんだよな」と——ほんの一瞬でいい——思い出してもらえたら、それだけで十分だと思う。

KOTOHAREの視点:TKGは日本の「当たり前」の象徴だ。でもその「当たり前」は、誰かの異常な努力によって成り立っている。当たり前を当たり前と思わないこと。それが、食を楽しくする第一歩だと、私たちは信じている。
入船のうなぎ
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行きたくなる「一皿」

宮崎の山奥で、明治から続くうなぎに出会った話

2026.02.16 ・ 読了 8分 ・ 文:KOTOHARE編集部

うなぎの名店と聞いて、あなたはどこを思い浮かべるだろうか。浜松、名古屋、柳川——だいたいそのあたりが出てくる。でも、宮崎の山奥に、明治時代から続くうなぎ屋があると言ったら、ちょっと意外じゃないだろうか。

西都市。宮崎空港から車で一時間ほど走った、のどかな町。正直に言えば、「わざわざここまで来るの?」と思うような場所に、その店はある。

「うなぎなんて、どこで食べても同じでしょ」

そう思っている人は、きっと多い。スーパーでも買えるし、チェーン店でも食べられる。わざわざ遠くまで行って、行列に並んで、高いお金を払う必要があるのかと。

その気持ち、すごくよくわかる。自分もそうだった。うなぎは好きだけど、「特別にこの店じゃなきゃ」という感覚を持ったことがなかった。タレと白米があればだいたい美味しいでしょ、と。

入船の炭火焼き
炭火の前に立つと、香りだけで「ここは違う」とわかる

明治27年から、炭火を絶やさない理由

入船は明治27年——1894年に創業した。それから130年以上、この地でうなぎを焼き続けている。

驚くのは、今もガスではなく炭火にこだわっていること。炭火焼きは温度管理が難しく、手間もかかる。効率だけを考えれば、とっくにガスに切り替えていてもおかしくない。でも、入船はそうしなかった。

なぜか。それは「変えたら、別のものになってしまう」からだという。炭火でしか出せない香ばしさ、皮のパリッとした食感、ふわりとした身の柔らかさ。それらは、130年間ずっと同じ方法で焼いてきたからこそ守られている味なのだ。

効率よりも、味を。利益よりも、誇りを。——そんな選択を130年間、毎日続けてきた店が、宮崎の山奥にある。

年間25万人が「わざわざ」訪れる意味

入船には、年間およそ25万人が訪れるという。県外からも、わざわざ車を走らせて、行列に並ぶ。観光ガイドに載っているから、という理由だけでは、この数字は説明できない。

たぶん、食べた人は気づくのだ。「ああ、うなぎって、こういう食べ物だったんだ」と。それは味だけの話じゃない。炭火の香り、呉汁という珍しい吸い物、店の空気感。すべてが合わさって、「ここでしか食べられないもの」になっている。

入船の呉汁とうなぎ
呉汁(ごじる)はすり潰した大豆の味噌汁。うなぎとの相性が抜群だ

「変わらない」ことの、途方もない価値

私たちは「新しいもの」に目を奪われがちだ。新店、新メニュー、新しい食べ方。でも入船は、新しさで勝負していない。130年前と同じことを、130年間やり続けている。

それは、退屈なことじゃない。「変えない」という選択を毎日し続けることは、実はとてつもなく大変なことだ。楽な方法に流れず、効率を求めず、ただひたすらに「同じ味」を守り続ける。その積み重ねが、年間25万人を引き寄せている。

KOTOHAREの視点:宮崎の山奥で、130年間炭火を絶やさない店がある。それだけで、なんだか嬉しくなる。「変わらないこと」が、こんなにも力強い価値になるのだと、入船は教えてくれる。

店舗情報

店名
入船(いりふね)
住所
宮崎県西都市大字南方3316-3
TEL
0983-43-0511
営業時間
昼 11:00〜14:30 / 夜 16:30〜20:00(L.O.19:30)
定休日
火曜日
食べログ
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おぐらのチキン南蛮
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行きたくなる「一皿」

チキン南蛮にタルタルをのせた最初の店、知っていますか

2026.02.15 ・ 読了 7分 ・ 文:KOTOHARE編集部

チキン南蛮。居酒屋にも定食屋にもコンビニにもある、もはや「どこにでもある料理」だ。甘酢にくぐらせた揚げ鶏に、たっぷりのタルタルソース。あなたも一度は食べたことがあるだろう。

でも、その「タルタルソースをのせたチキン南蛮」を、最初に考えた人がいることを、あなたは知っているだろうか。

「チキン南蛮って、昔からあるものじゃないの?」

多くの人がそう思っている。唐揚げや天ぷらと同じように、なんとなく昔からある料理だと。でも、チキン南蛮——少なくとも今の形のチキン南蛮には、はっきりとした「始まり」がある。

昭和34年。宮崎市の洋食店「おぐら」の創業者、甲斐義光さんが、タルタルソースをチキン南蛮に合わせた。それが、今私たちが食べているチキン南蛮の原型だ。

おぐらの店内
瀬頭店には、地元のお客さんから観光客まで、ひっきりなしに人が訪れる

「どこで食べても同じでしょ」という気持ち、わかります

正直なところ、チキン南蛮に「わざわざ宮崎まで食べに行く」ほどの差があるのかと聞かれたら、行く前の自分なら「ないでしょ」と答えていたと思う。

コンビニのチキン南蛮弁当だって十分美味しい。居酒屋のチキン南蛮だって悪くない。タルタルがかかった揚げ鶏でしょ、と。——そう思う気持ちは、すごくよくわかる。

「元祖」の味が違う理由は、タルタルにあった

おぐらのチキン南蛮を食べて、最初に気づくのはタルタルソースだ。どこかで食べたことのある「あの味」とは、明らかに違う。

甘酢は自家製。タルタルソースは毎日、その日の分だけを手作りしている。「昨日作ったものを今日出す」ということをしない。これを、昭和34年からずっと続けている。

もともとのルーツは、延岡市の洋食店「ロンドン」の賄い料理だったという。それを甲斐さんが「お客さんに出せる一皿」に昇華させた。つまり、チキン南蛮は厨房の片隅から生まれた料理なのだ。

おぐらのチキン南蛮
毎日手作りされるタルタルソース。この一手間が「元祖」の味を守っている
「全国どこでも食べられる料理」の元祖が、今もちゃんと営業していて、今も毎日タルタルを手作りしている。——その事実だけで、なんだか胸が熱くなりませんか。

「発祥の地で食べる」という体験の価値

チキン南蛮は、もうどこでも食べられる。コンビニでも、ファミレスでも、冷凍食品でも。それ自体は素晴らしいことだ。一人の料理人のアイデアが、日本中に広まったのだから。

でも、もし宮崎に行く機会があるなら、一度だけ、おぐらで食べてみてほしい。「ああ、ここから始まったんだ」と思いながら食べるチキン南蛮は、きっと、どこで食べるチキン南蛮とも違う味がするはずだ。

KOTOHAREの視点:「当たり前にある料理」には、必ず「最初に作った人」がいる。チキン南蛮の発祥の地で、毎日変わらずタルタルを手作りしている店がある。その事実を知るだけで、明日のチキン南蛮がちょっとだけ違って見えるかもしれない。

店舗情報

店名
おぐら瀬頭店
住所
宮崎県宮崎市瀬頭2丁目2-23
TEL
0985-23-5301
営業時間
11:00〜22:00(オーダーストップ 20:00)
食べログ
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長谷川水産の海鮮丼
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行きたくなる「一皿」

「究極の血抜き」を知ったら、もう普通の刺身には戻れない

2026.02.13 ・ 読了 8分 ・ 文:KOTOHARE編集部

刺身が好きだ、と胸を張って言える人は、意外と少ないかもしれない。「嫌いじゃないけど、そこまで好きでもない」「なんとなく生臭いのが苦手」——そんな人、結構いるんじゃないだろうか。

自分もそうだった。刺身は嫌いじゃないけど、わざわざ選ぶほどでもない。そう思っていたのだ——宮崎で、あの海鮮丼に出会うまでは。

「刺身って、そんなに違いがあるの?」

スーパーの刺身パック、回転寿司、居酒屋の盛り合わせ。普段食べる刺身は、正直なところ「どれも似たようなもの」だと思っていた。新鮮なら美味しい、古ければイマイチ。鮮度がすべてでしょ、と。

でも、本当にそうだろうか。鮮度だけが、刺身の味を決めるのだろうか。——この疑問に対する答えを、長谷川水産は持っていた。

長谷川水産の加工場
水産仲卸直営。加工場が併設されているからこそできる鮮度管理

「魚の臭み」の正体を、ずっと誤解していた

刺身の「生臭さ」が苦手だという人は多い。でも、その臭みの正体が何なのか、考えたことはあるだろうか。

多くの人は「鮮度が落ちたから臭い」と思っている。それも間違いではない。でも、実はもう一つ、大きな要因がある。それが「血」だ。

魚の体内に残った血液が、時間とともに酸化し、あの独特の臭みを生む。つまり、どんなに新鮮な魚でも、血の処理が不十分だと臭みが出る。逆に言えば、血をきちんと抜けば、魚の旨味だけが残る。

「津本式究極の血抜き」という革命

長谷川水産が採用しているのが、「津本式究極の血抜き」と呼ばれる技術だ。ホースを使って魚の血管に水を通し、血液を徹底的に除去する。この処理を施された魚は、驚くほど臭みがない。

しかも、血抜きされた魚は熟成にも向く。通常、魚は時間が経てば経つほど鮮度が落ちる。でも、きちんと血抜きされた魚は、熟成することで旨味が増していく。まるで、魚の世界のドライエイジングだ。

長谷川水産の海鮮丼アップ
臭みがなく、旨味だけが凝縮された刺身。一口食べれば違いがわかる
「鮮度がいい魚」と「ちゃんと処理された魚」は、似ているようでまったく別物だ。長谷川水産の海鮮丼を食べると、その違いが舌でわかる。

「知ってしまった」あとの世界

長谷川水産の海鮮丼を食べたあと、正直に言うと、ちょっと困った。普通の刺身を食べたとき、「あ、これは血抜きが甘いな」とわかってしまうようになったからだ。

でも、それは悪いことじゃないと思う。「知らなければ気にならなかった」ことを知ってしまうのは、食をもっと楽しむための第一歩だ。知ることで、選べるようになる。選べることで、食卓が少しだけ豊かになる。

もし宮崎に行く機会があったなら、一度、長谷川水産の海鮮丼を食べてみてほしい。刺身に対する感覚が、きっと変わるはずだ。

KOTOHAREの視点:「鮮度がすべて」だと思っていた刺身の世界に、「処理の技術」という新しい軸があった。知らなかったことを知る喜び、食べたことのない味に出会う感動——それこそが「行きたくなる一皿」の本質なのだと思う。

店舗情報

店名
有限会社 長谷川水産(海鮮長谷川)
住所
宮崎県宮崎市新別府町前浜1401-9
TEL
0985-48-6868
営業時間
11:00〜14:00(L.O.13:45)
定休日
水曜日
食べログ
食べログで見る