定番の裏側 一皿の物語 食の旅日記
ひぜん玄海寿しのおまかせ握り。白い角皿に光り物、白身、剥き身のエビ、いくらとうにの軍艦、サーモンが並び、エビの後ろに頭が飾りとして立てられている
食の旅日記

唐津の玄海寿し。いろは島を見下ろしてから食べる

2026.09.21 ・ 読了 9分 ・ 文:KOTOHARE編集部
🗾地方の名店を知る📖日本の食文化を知る🍻飲み会で話したい雑学

いろは島展望台。伊万里湾に、島が散っている

佐賀県唐津市肥前町満越。展望台に上がると、目の前が全部、海だった。

雲の多い晴れで、日の差すところだけが白く光っている。湾の水面は青というより鈍い銀色で、その上に緑の島がいくつも浮かんでいる。大きいものは山ひとつぶん、小さいものは岩に木が数本生えているだけ。island というより、海に置き忘れられた盆栽みたいな島がある。

いろは島展望台から見た伊万里湾。雲の多い空の下、大小の島が湾内に点在し、奥には山並みが連なる
いろは島展望台から。伊万里湾に大小の島が散る

いろは島という。

伊万里湾に浮かぶ大小48ほどの島々の総称で、いろは48文字にちなんで空海が名づけたと伝えられている。もうひとつ、この景色のあまりの美しさに弘法大師も筆を投げた、という言い伝えもある。どちらも伝承で、裏づけがあるわけではない。ただ、実際にここに立つと、後から誰かが理由をつけたくなる気持ちのほうは、よくわかる。

手前の入り江は複雑に切れ込んでいて、対岸の山並みが幾重にも重なっている。晴れた日には平戸島や鷹島、背振の山系まで見えるという。この日は雲が多く、いちばん奥の稜線は霞んでいた。

展望台は24時間開いていて、無料。駐車場があり、階段のほかにスロープも整備されていて、車椅子でも上がれる。ドライブの途中で寄って、5分立って、また車に戻る。そういう使い方をされている場所だ。

island、と英語が出てきてしまったのは、日本語の「島」だとどうも大きさの見当がつかないからだ。ここに浮かんでいるものの半分くらいは、地図に名前が載るかどうかも怪しい。それでも数は多い。湾のなかに、点が散っている。海のかたちがリアス式に入り組んでいるので、水面と陸地の境界線が、やたらと長い。

ここで、ひとつ思いついたことがある。

この下に見えている海に、これから食う魚がいる。

観光地の展望台というのはたいてい、景色を見て終わる。景色は景色として消費されて、昼飯は昼飯として別に食べる。だがこの日は順番を逆にできた。先に海を上から見て、それから降りていって、その海の魚を握ってもらう。

緑の暖簾に、店の名前。「ひぜん玄海寿し」の格子戸

店は、同じ唐津市肥前町のなかにある。展望台から見下ろしていた海沿いを、町の内側で移動するだけだ。住所は肥前町入野。

ひとつ断っておくと、「玄海寿し」という店名から玄海町にあると思われがちだが、そうではない。玄海町は同じ佐賀県の東松浦郡にある別の自治体で、この店は唐津市肥前町にある。屋号の「玄海」は、町の名ではなく海の名——玄界灘を指していると考えるのが自然だろう。

着いて、まず暖簾が目に入る。

「ひぜん玄海寿し」と染め抜かれた黄緑色の暖簾。5枚に分かれ、奥に木の格子戸が見える
黄緑の暖簾。5枚に分けて「ひぜん玄海寿し」

黄緑である。抹茶よりも明るく、若葉よりも黄色い。そこに黒の太字を白で縁取って、「ひぜん玄海寿し」。5枚に分けて染め抜いてある。日に焼けて、布の色は上下でむらになっていた。かなりの年数、ここで風を受けてきたのだと思う。

奥に、木の格子戸。柱は皮のついたままの丸太で、庇の下は暗い。海辺の観光地にある店にしては、あっさりしている。派手な看板も、大きな写真つきのメニュー板も出ていない。

暖簾をくぐる。

おまかせ握り。剥き身のエビに、頭が添えてある

頼んだのは、おまかせ握り。2026年9月の訪問時で3,000円、税込3,300円。茶わんむしが付く。

白い角皿に、横一列。左から白身、大葉、それから光り物が一貫。銀色の皮の下がうっすら桃色に透けている。隣に、縁が黒く締まった白身。

その次で、手が止まった。

握りの後ろに、エビの頭が立っている。

握りそのものは剥き身だ。殻はきれいに外してあって、灰色がかって半透明の身がシャリに寝かせてある。加熱したエビの赤とはまるで違う色だ。尾の先だけが残してあって、そこが青や緑に光る。

その後ろに、オレンジ色の頭が置いてある。ひげごと、皿の上にまっすぐ立っている。ただし中身はない。身を外したあとの頭を、飾りとして添えてあるのだ。横に、輪切りの柑橘が一枚。

正直に書くと、ここで少し笑ってしまった。

食べるほうには、殻も頭も要らない。口に入るのは身だけでいい。だがそれだけを出してしまうと、皿の上からエビの姿が消える。この一貫は、その両方を片付けている。客の手はいっさい使わせずに、元の形のほうは残してある。食べやすさと見え方の両方に気を配った盛り付けだと、筆者は受け取った。

種類は聞かなかった。身の太さと尾の色から、車海老だろうか、とは思った。ただ、思っただけである。

右にいくと、いくらの軍艦、うにの軍艦、サーモン。端にがりが盛ってある。軍艦の海苔はぱりっと角が立っていて、いくらは粒がひとつずつ光っていた。

白身と光り物、そしてエビについては、名前を書かないでおく。板前に聞かなかったからだ。この海ならこれだろう、と当たりをつけて書くことはできるが、それは推測であって記録ではない。玄界灘は魚種が多い海で、季節でも日でも入るものが変わる。おまかせというのは本来、その日に何が入ったかを客が店に委ねる注文の仕方で、だとすれば「その日に何が入ったか」を後から想像で埋めるのは、いちばんやってはいけないことだと思う。

卓の上も書いておきたい。湯呑みは濃い藍で、白抜きの文字が大きく入っている。醤油皿は小さな染付。おしぼり。そして茶わんむしは、白地に赤と青と緑の縦縞が入った蓋つきの碗で、桜色の波型の受け皿に乗っていた。スプーンが添えてある。

テーブルは木で、表面に何本も傷が走っている。ニスの下で色が濃くなったところと、まだ明るいところがまだらになっていて、拭き込まれてきた時間の長さが出ている。

玄界灘という漁場と、この店の40年

潮が速い海の魚

皿から少し離れる。

この一帯の海は、対馬海流が通っていく。東シナ海から対馬海峡へ抜ける暖流の通り道で、島が多く、瀬戸が狭い。流れの速いところで暮らす魚は、泳ぐこと自体が運動になる。身が締まって、味が濃くなる、と言われるのはそのためだ。

同じ玄界灘の話は、少し北の平戸のアジフライと海鮮丼のほうで、潮流の数字まで含めて書いた。ここでは繰り返さない。ひとつだけ足しておくと、いろは島の島影が多いということは、そのまま瀬が多いということでもある。展望台から見えていたあの小さな岩の島々は、風景であると同時に、魚の住処である。

唐津と鷹島の漁協へ、店主が通う

店のほうの話をする。

ひぜん玄海寿しは、40年以上の歴史をもつ老舗として地元紙に紹介されている。店主が唐津や長崎県鷹島の漁協まで足を運んで、その日のネタを見て決めているという。平成13年(2001年)11月には新館がオープンしている。

鷹島という名前が出てくるのが、この店の立地をよく表している。鷹島は伊万里湾の入口にある島で、展望台から晴れていれば見える。つまり仕入れ先のひとつが、あの景色のなかにある。

漁協に足を運ぶ、というのは言葉にすると地味だが、要するに市場を通さずに自分の目で見るということだ。同じ魚でも、誰がどう扱ったかで状態は変わる。生のエビがあの色のまま皿に乗るというのは、その手前の工程が短いことの結果でもある。

名物とされるのは、いか定食だ。活きイカの活き造りに、いかしゅうまい、茶わんむし、天ぷらが付く。呼子のイカで知られる土地柄だが、ここは呼子ではなく肥前町で、観光の動線からは少し外れている。

おまかせ握りが3,300円(税込)という値づけも、その位置にふさわしい。玄海にぎりが税込2,420円、特上にぎりが1,980円、上にぎりが1,650円、並にぎりが1,100円。観光地価格の列ではなく、町の寿司屋の列に並んでいる。

ひぜん玄海寿しの店内メニュー。黒地に手書きで寿司の品書きと価格、税込価格が並ぶ
店内の寿司メニュー。税込価格が手書きで添えられている(2026年9月訪問時)

老舗が続くということについては、100年続く飲食店は、一度死にかけているで書いたことがある。40年という年数は、その手前にある。ただ、観光地から外れた町で、漁協まで足を運ぶやり方を40年続けているというのは、それ自体がひとつの選択の積み重ねではある。

佐賀の、もう少し内陸の話に興味があれば、河童のミイラを祀る酒蔵——伊万里の松浦一酒造の話もある。伊万里湾を挟んで、そう遠くない。

展望台から見えていた島影は、風景であると同時に瀬であり、瀬は魚の住処である。上から海を見てから降りていって、その海の魚を握ってもらう。順番をそう組むだけで、同じ一貫の見え方が変わる。

来た道を、海の方へ

店を出て、来た道を海の方へ戻った。

景色を見て、それから食べる。順番としては当たり前すぎて、わざわざ組むほどのことでもない。ただ、上から見た海と、皿の上の魚が同じものだと知っているかどうかで、口に入れるときの気分は確実に変わる。頭を添えられたエビが、急に土地の産物の顔をしてくる。

いろは48文字でも足りない、と誰かが言ったことになっている海だ。48貫あっても足りなかったかもしれない。

海を見てから、食べた。

KOTOHAREの視点:佐賀県唐津市肥前町の「ひぜん玄海寿し」は、40年以上続く地元の寿司店。店主が唐津や長崎県鷹島の漁協へ足を運び、その日のネタを決める。おまかせ握りは2026年9月訪問時で税込3,300円、茶わんむし付き。エビの握りは殻を外した剥き身で、その後ろに中身のない頭が飾りとして立ててある。客の手は使わせず、元の形だけを残す盛り付けだ。同じ肥前町のいろは島展望台からは、伊万里湾に散る大小48ほどの島が見下ろせる。いろは48文字にちなんで空海が名づけたと伝えられる島々で、島影が多いということは瀬が多いということでもある。景色を先に見てから、その海の魚を食べる。順番を組み替えるだけで、一貫の見え方が変わる。

店舗情報

店名
ひぜん玄海寿し
住所
〒847-1526 佐賀県唐津市肥前町入野甲2266-19
TEL
0955-54-1062
営業時間
11:00〜22:00(L.O. 21:00)
定休日
火曜日
地図
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メニュー
おまかせ握り 3,000円(税込3,300円・茶わんむし付き)/玄海にぎり 2,200円(税込2,420円)/特上にぎり 1,800円(税込1,980円)/上にぎり 1,500円(税込1,650円)/並にぎり 1,000円(税込1,100円)/上ちらし 1,600円(税込1,760円)/並ちらし 1,200円(税込1,320円)/太巻き・レタス巻き 各700円(税込770円)ほか。※2026年9月訪問時の店内メニューによる
備考
名物はいか定食(活きイカの活き造り、いかしゅうまい、茶わんむし、天ぷら付き)。営業時間・定休日・メニュー・価格は変更の場合があるため、来店前に店の情報をご確認ください

いろは島展望台

所在地
佐賀県唐津市肥前町満越537-2
料金
無料・24時間
駐車場
あり(無料)
設備
階段のほかスロープを整備。車椅子でも上がれる
アクセス
西九州自動車道「南波多谷口IC」から約20分
この記事の出典 店舗の住所・電話・営業時間・定休日:楽天ぐるなび、ヒトサラの各店舗情報。
「40年以上の老舗」「店主が唐津・鷹島の漁協でネタを吟味」:佐賀新聞の紹介記事。
平成13年11月の新館オープン、いか定食の構成:同店を紹介する公開情報。
メニューと価格:2026年9月の訪問時に撮影した店内メニューによる。
いろは島の名の由来・島の数・弘法大師の伝承:佐賀県観光連盟「あそぼーさが」。
いろは島展望台の所在地・設備・アクセス:唐津観光協会。
※名の由来と筆を投げた話はいずれも伝承であり、史実として確認されたものではない。

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この記事を書いた人

KOTOHARE編集部

30代・食いしん坊の編集部員。コンビニの新商品から町の老舗まで、うまいものなら何でも食べる雑食派。今夜の晩酌のつまみを考えるのが日課です。

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