去年の夏、スーパーの菓子売り場で足が止まった。
棚の一角に、緑色のワニがいる。しかも、大きく口を開けている。袋にはでかでかと「噛ませて!」と書いてある。
噛ませて。誰に、何を。
よく見ると、中に入っているワニ型のグミは、口の部分がぽっかり空いた形をしている。そこに別のお菓子を挟んで、一緒に食べる商品らしい。つまりこのグミは、袋を開けた時点では味が完成していない。何を噛ませるかは、買った人が決める。
そして袋の隅に、こう書いてある。「熱川バナナワニ園 監修」。
製菓メーカーではない。静岡県東伊豆町にある、ワニと熱帯植物の園である。なぜ動物を飼っている施設が、全国のスーパーに並ぶお菓子に名前を出しているのか。
その緑のワニが、今日、ピンクになって帰ってきた。2026年9月3日、「グミの日」に合わせたリニューアルである。ちょうどいい機会なので、去年から引っかかっていたことを調べた。
このお菓子は何なのか、3行で
もったいぶらずに先に書いておく。
「噛ませて!ワニグミ」は、熱川バナナワニ園が監修し、大阪のアイデアパッケージ株式会社が企画・販売するワニ型のグミである。大きく開いたワニの口に、チョコレートやラムネ、別の味のグミなど、好きなお菓子を挟んで食べる。2025年8月にバナナ味・緑色で登場し、2026年9月3日の「グミの日」に、トロピカルフルーツ味・ピンク色へリニューアルした。
ひとつ補足しておくと、園がお菓子を製造しているわけではない。企画して売っているのは大阪の会社で、園は監修という立ち位置にいる。それから、正確には熱川バナナワニ園は「動植物園」だ。ただ、この商品にとって園の名前は、パッケージを飾るための肩書きではない。そこは後で書く。
発売日についても触れておきたい。9月3日は「グミの日」である。「グ(9)ミ(3)」の語呂合わせにちなんで、UHA味覚糖が2007年に制定し、日本記念日協会に登録した記念日だ。菓子業界では毎年この日に合わせて各社が動く。園と大阪の会社が組んだ小さなワニのグミも、その日に合流している。
スペック
| 商品名 | 噛ませて!ワニグミ トロピカルフルーツあじ |
|---|---|
| 発売日 | 2026年9月3日(木) |
| 価格 | 200円(税抜)/216円(税込)※量販店以外の価格表記 |
| 内容量 | 40g |
| 賞味期限 | 300日 |
| 監修 | 株式会社熱川バナナワニ園(静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本1253-10) |
| 企画・販売元 | アイデアパッケージ株式会社(大阪府池田市住吉1-4-6/代表取締役:西尾優志) |
| 販売場所 | 熱川バナナワニ園 本園売店ほか、全国の大手スーパー・量販店など |
| 前作 | 噛ませて!ワニグミ 味変の王様バナナあじ(2025年8月1日発売/緑色) |
出典:株式会社熱川バナナワニ園およびアイデアパッケージ株式会社のプレスリリース。取り扱い状況は店舗により異なる。
なぜ、動物園がお菓子を作るのか
ここがいちばん知りたかったところだ。
リリースに載っている園側の言葉が、ほぼ答えになっている。ワニは迫力のある姿だけでなく、種類によって顔つきも体つきも生態も違う、興味深い生き物である。だからこのグミをきっかけにワニを少し身近に感じ、本物のワニにも興味を持ってもらえたら——おおむね、そういう趣旨のことが書かれている。前作のときは、もっとはっきりしていた。「このグミのワニって本物はどこにいるの?」という声をきっかけに、園に足を運んでもらえたら嬉しい、と。
つまりこの商品の目的は、菓子を売って儲けることの手前にある。園に来てもらうための、入口を作ることだ。
組んだ相手も、この設計に合っている。企画・販売元のアイデアパッケージ株式会社は、2009年6月創業の大阪の会社だ。自社の説明によれば、ほぼ食品に特化したデザイン制作と、商品開発を含むOEMの受託、さらに自分たちで考えたアイデアを実際に商品化して販売までやっている。デザイン会社でありながら、棚に並ぶところまで自前で持っていける。パッケージを作る会社ではなく、パッケージから商品を立ち上げる会社、と言ったほうが近い。
ここで効いてくるのが、売り場である。土産物というのは普通、来園した人に向けて園内で売るものだ。買う人は、すでにそこにいる。ところがワニグミは、園の本園売店だけでなく、全国の大手スーパーや量販店にも置かれている。園の外に出ていく土産物、という逆転が起きている。
園内で売る土産物は、来た人にしか届かない。全国の棚に置かれる商品は、園を知らない人に届く。来園者を待つのではなく、売り場のほうから接点を作りにいく。ワニグミはお菓子であると同時に、静岡県東伊豆町から出張してきた看板でもある。
それに気づいたとき、去年の自分が棚の前でやっていたことを思い出して、少し笑ってしまった。まんまと入口を通らされている。こちらはただ、甘いものが欲しくて立っていただけなのだ。
なぜ「噛ませる」という設計なのか
次に、形の話をしたい。
ワニという動物の最大の特徴は、あの大きく開いた口である。この商品は、その造形上の特徴を、そのまま遊びの機能に変換している。口が開いているから、何かを挟める。挟めるから、噛ませたくなる。動物の特徴と商品の仕様が、一直線でつながっている。
何を噛ませるかは自由だ。チョコレートでもラムネでも、別の味のグミでもいい。組み合わせによって、味も食感も変わる。パッケージには「業界初」とあり、リリースの見出しでは「業界初!?」と留保がついている。初かどうかはさておき、発想としては潔い。
潔い、というのはこういうことだ。このメーカーは、完成品を渡していない。
近年、飲み物やお菓子には、最後の工程を食べる人に委ねる設計が増えている。ストローで果肉をつぶして飲むみかん缶もそうだし、凍らせたつゆで麺を締める氷つゆもそうだ。作り手が味を決めきらず、最後のひと手間を残しておく。ワニグミは、その極端な例だと思う。なにしろ、噛ませるものを別に用意しないと本領を発揮しない。
味を決めないことには、もうひとつ効き目がある。語れる余地が残ることだ。「チョコを噛ませたらチョコバナナになった」「ラムネは食感が面白い」。正解がないので、感想が人によって割れる。割れるから、誰かに言いたくなる。ひとつの味を完璧に作り込むのとは、まったく別の広がり方をする設計だ。
なぜ、緑からピンクに変えたのか
最後に、色の話。
前作はバナナ味で、ワニは緑色だった。ワニの色として、これは自然だ。今作はトロピカルフルーツ味で、鮮やかなピンクになった。ワニは通常、緑や灰色で認識される生き物である。その色を、わざわざ外している。
リリースでは、南国の雰囲気をさらに広げるための変更だと説明されている。そこに加えて、売り場の事情もあるだろうと考えられる。菓子の棚は情報量が多い。緑のワニは、袋のなかの色数に埋もれやすい。ピンクのワニは埋もれない。生き物としてのリアルさよりも、見つけてもらうことと南国感を優先した判断だと考えられる。あくまで推測ではあるけれど、去年、緑のワニの前で足を止めたとき、筆者の目を先に引いたのは正直ワニそのものより「噛ませて!」の文字のほうだった。ピンクなら、たぶん順番が逆になる。
ちなみにグミの形は6種類、パッケージは3種類ある。前作では、園の公式キャラクター「熱川ばにお」のグミがランダムで入っている場合があるとされていた(今作のリリースには、この記載は見当たらない)。
熱川バナナワニ園という、説明しにくい施設
ここで、監修している側の話をしたい。というより、この園の説明を一度きちんとしておきたい。
熱川バナナワニ園は、静岡県賀茂郡東伊豆町にある。伊豆急行線の伊豆熱川駅から徒歩1分。温泉熱を利用して、ワニの飼育と熱帯植物の栽培を行っている。ここがまず独特だ。温泉地の熱を、動物の飼育と農業に転用している。発想そのものが、この施設の独自性になっている。
飼育しているワニは、交雑を含めて16種、約100頭。園はこれを、ワニの飼育種類数では日本一だとしている。さらに、日本でニシレッサーパンダが見られるのは同園だけ。アマゾンマナティーの飼育展示も国内では当園のみで、世界で見ても、展示している施設は希少だという。ゾウガメ、フラミンゴ、オオサンショウウオもいる。
植物のほうも本気だ。約20種類以上のバナナを栽培していて、収穫したバナナは園内のフルーツパーラーで食べられる。常時約60種類の花が見られる睡蓮を始め、ランや熱帯果樹など、約5000種の熱帯植物が育つ。文部科学省認定の博物館相当施設でもある。
……という説明に、いま何行使っただろうか。ワニもレッサーパンダもマナティーもバナナも睡蓮も温泉も出てくる施設を、ひと言で言い表す方法が、たぶんない。これは強みであると同時に、伝えるうえでの難しさでもある。
その難しさを、ワニグミは正面から回避している。伝えるのは「ワニ」の一点だけ。しかも、口が大きいという一点だけだ。全部を説明するのではなく、いちばん分かりやすい特徴をひとつ切り出して、お菓子の形にする。棚の前で3秒しかもらえない場面では、これが正しい。
園内でしか買えない土産物は、来た人の記憶を固定する。全国の量販店に置かれる商品は、まだ来ていない人に園の名前を届ける。同じ物販でも、役割がまったく違う。
物販は、観光施設にとって収益の柱であると同時に、認知の入口でもある。ワニグミが担っているのは後者だ。菓子であると同時に、園の広告として機能している。しかも、広告費をかけて枠を買うのではなく、商品そのものが棚という枠を勝ち取りにいく形になっている。売れれば置き続けてもらえるし、売れなければ下ろされる。広告としては、かなり厳しい条件のもとに置かれている。
その厳しさを、この商品は「噛ませる」というひと言で越えようとしている。棚の前の人に、味の説明をしない。かわりに、やってみたくなる動作をひとつ渡す。それが結果として、園の名前を静岡県の外へ運んでいる。
完成品ではなく、入口
お菓子はふつう、作り手が味を決めて、食べ手はそれを受け取る。ワニグミは、その関係を少し崩している。味を決めないかわりに、食べ方を委ねた。
そして園のほうは、菓子が売れることよりも、そこから本物のワニに関心が向かうことを期待している。
このグミは、完成品ではない。入口として設計されている。噛ませるものを探して家の菓子箱を漁ることも、「本物はどこにいるんだろう」と検索してしまうことも、たぶん設計のうちに入っている。
ピンクのワニに何を噛ませるか、決まっただろうか。筆者はまだ決めかねている。並ぶのは今日からなので、まずは棚で一袋見つけるところからだ。家のチョコで当たりを引けたら、そのまま伊豆熱川行きの時刻表を調べることになるのだと思う。
熱川バナナワニ園:〒413-0302 静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本1253-10/伊豆急行線「伊豆熱川駅」より徒歩1分/営業時間 9:00〜17:00(最終入園16:30)
※記事中の商品画像は、アイデアパッケージ株式会社のプレスリリース素材を使用しています。